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映画 アクシデント [映画]

ジョニー・トー製作?
鑑賞決定

殺し屋チームの話らしいです

というか
事前情報もロクに入れないまま観に行きました
最近はちょっと映画に前ほど熱心になれないのですが
ジョニー・トーの名前を出されたら話は別だ

アクシデント

少なくとも東京ではファンがそこそこいると思うジョニー・トー
実際一つずつ席をあけてちょうど全部入るくらいの
ちょうどいい混み具合

東京で上映してるのが一館のみなんだなぁ

内容はもう
無茶苦茶な設定とありえない展開で
どうかと思う部分がたくさんあります

でも
じっくり考えてみると
偶然や事故を
ひいては自然を
人間がコントロールできる
と思ってるとしたらそれは思い上がりだよ
という物語にも見えたり
それは考えすぎのようにも思えたり

そもそもそんな風に変な所だらけなので
物語の展開がさっぱり読めなくて
主人公のボンクラ具合とかも
物語の流れを考えると
これでいいような気がする不思議

まぁ多分
ファンだから甘いんだろうな

ジョニー・トーファンにはお勧め

ん?

いやでも
なんか男の美学的なアレは遠い気がします

そもそも監督じゃないし

えーと
そっちじゃなくておかしな時のジョニー・トーファンに
フルタイムキラーとか
そっち好きの人

他はあんまり勧められないかも
なにしろ色々おかしいので

細かく書くとどうしてもネタバレになっちゃうから
詳細は以下で

F1010083.jpg


この殺し屋チームというのが事故に見せかけた殺人を得意とする
という設定で
様々な偶然を積み重ねて殺す
というのは
江戸川乱歩が大好きなプロバビリティ殺人なのだと思ったわけです

事故が起こりやすい状況に対象をおびき寄せて
あとは可能性にかける
という殺人方法で
ポイントは殺意が確かにあるにもかかわらず
その立証が困難である
という辺りだと思うわけです


それに必要なのはいくつもの事故状況のバリエーションで

オープニングのあの殺人も
いくつも失敗要因があるにも関わらず成功するのは
今までいくつも殺人の罠を張った中の
一つが上手くはまった
という描写だと思ったので
ワクワクして観ていたわけですが

次の殺人計画の段階でそうでないことが判ってしまうわけです

偶然を演出するために綿密に計画を練って
その状況にあうまで中止を繰り返す
って
バカかよ

いくつも考えてどんどん罠張れよ
条件合わなかったらどんだけ延長するつもりなんだ?
金もらって殺人しようってのに
そんな悠長な方法がゆるされるのか?

多分許されるんだろうな

というわけで
その計画はほぼピタゴラスイッチ

あのね
ピタゴラスイッチってのは
別に単にボタン押すだけでできる事を
わざわざ遠回りするのが楽しい
ってやつで
綿密なに計画した故意に演出した偶然を沢山重ねたら
それは怪しい人がたくさん関わってる
ってのがばれる可能性が増すし
スイッチの間に別の偶然が入り込む隙が増えるわけで
雨の中凧を都合いい感じに落とす
とか
それだけでもう計算が成り立たないと思いますよ?

やるんだったら
出来るだけシンプルにワンアクションで事故を起こす
という方法じゃないと意味ないと思うのだけど
それぞれの行動が直接殺人の原因じゃないから完璧
って理屈なんでしょうか?

って
それが役に立つのは捜査線上に上がったときで
殺し屋は捜査線上にあがったらアウトじゃないの?

もう
チームで動くなんて愚の骨頂

ファイナル・ディスティネーションシリーズは
あれ
運命というほぼ神の所業が偶然を操ってるわけで
ホラーだからピタゴラが面白いんじゃないか

なんてことのない偶然が重なると殺人になる
という恐怖を描くのに
あの設定は素晴らしいですね

とか他の映画の話はさておき


映画中だと
こいつら事故に見せるのに夢中で
毎日同じ道を同じように歩いたり走ったりして
それはもう明白に故意だろ?

でっかい凧もって若い女性が毎日屋上にあがってるとか
そんな日常風景あるか!
目立つデブが毎日同じ時間に似たような荷物載せて
まったく同じように通り抜けるとかやっちゃダメだろ!
犯行日に走ってなくても証言されちゃうよ!

というか毎回カメラ隠すの風船って
犯行のパターンを容易に特定されそうだし
まるでプロを感じさせません

みたいな具合に
そりゃもう明白に間違ったプロ意識を炸裂させた結果
なんと!
決行したらちゃんと殺人できてしまいます

おいおい
偶然の神様はこいつら甘やかしすぎじゃないか

と疑問を持ってしまうわけですが

そう
ネタバレしてしまうと
実はこの物語は
偶然の事故を演出できる!
と思い込んだ主人公が
事故を観ると全部
演出された誰かの意志に違いないぞ!
と思い込んで追い詰められた結果
まったく予想のしていなかった形で偶然の存在を思い出して

あれ?
間違えてたんじゃね?
根底から間違えてたんじゃね?
って
気付いたけどいろいろ手遅れだった
という話になってるわけです

となると
主人公がおかしな計画を確実な方法だと信じていたのも
納得というか
「偶然の事故」に対する認識が狂っていたから
いろいろとボンクラな発言とか
ピントのずれた行動とかしていたわけで

自宅にいる時の妄想癖とあわせて
プロの犯罪者というよりは狂人の妄執の物語だった


本人が自信たっぷりだから
つい仲間も信じてしまったとか
そういう話で
つまり
何でも起こりうるという偶然の特性が
ずっと彼を味方し続けてたからこそ
プロとして自信を持ってしまったけども
それも含めての偶然の罠かもしれんね
というか

これは映画的に殺し屋チームの話として描かれているので
いろいろ無茶な話ではあるけども
偶然がいくつ重なったら運命だ!
なんてラブストーリーは珍しくもないし
人は偶然に必然の意味づけをせずにはいられない
という根源的な問題に対する認識を思い出させてくれたりもするしで
割と考え甲斐のある映画のような気もしてきました

彼が大げさに用意する計画や
アジトの中の落書きや
床一面のメモから導かれた結論の全てが
偶然の中から無理矢理必然を見つけ出すこじつけだった
というラストの彼の絶望的な気付きは
ちょっと滑稽でもあるし
今までのデタラメが
そりゃ狂人の視点だからデタラメだよw
って言われたみたいでずるいよー
と文句もいいたくなりますが

よくよく考えてみると
単なる推察に過ぎないものを真実だと思い込むなんてことは
実際の生活でも応用の効く間違いであって
笑って観ているうちにふと
自分がそうだと思ってる事柄が
本当にそうなのか?
という部分に不安を感じたりする
という点でも
非常にスリリングな映画だったと思います

なにしろラストの主人公のあれ

あれは偶然ではなく明確な殺意が彼に向けられた訳で
では
誰がその殺意を彼に向けたのか?
というでっかいミステリを残していて(何か見逃してるだけかも?)
本当に自分の手を汚さずに殺す殺し屋の存在をほのめかしているのか
それとも
襲撃者が真実を知る過程もまた偶然だったのか
とか
考えると余韻もちゃんとある
という

ちなみに
外から襲撃者を見つめる映像で終わってる以上
彼を操った意志ある存在がいる
というのが個人的な見解です

なんだかんだで楽しみました

ジョニー・トーはなんかいいな

ああ
ハードボイルドにプロの仕事をまっとうしようとしている主人公が
盗聴器で監視対象の幸せそうな情事の声を聞いて
泣いちゃう弱さとか
最初見たときは笑っちゃったけど
思い返してみれば彼のプロがなんちゃってだ
ってのをあらわしてんのかもなぁ
とか
場面の一つ一つが意味ありげで良かったです

オヤジが雨の中で呆然と立つのは
あのフランス人記憶喪失復讐者映画の一場面と同じ空気で
やっぱりちょっと笑っちゃったしぐっともきちゃったし

台詞少なめで表情だけで語らせるとか
勝手にいろいろ想像しちゃうから
日本の監督にもお勧め

いろいろ言葉で説明しちゃうから叩かれちゃうんだよ
多分

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