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映画 劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ [映画]

神聖かまってちゃんに対しては
CDも買っていないしライブにも行っていないしニコ動も観てない
けど好感を持っている
という中途半端な立ち位置で
劇場版
とか言われてもがんばってんなぁ位の気分だったのだけど
監督がサイタマノラッパーの入江悠となると
俄然興味が湧いてきて鑑賞決定

してみたらレイトショーしかしてなくて
それはきついなあとか思っていたけど気合を入れて鑑賞へ
って隣で町山さんのトークショーつきのスコット・ピルグリムやってて
心が揺さぶられるも
終電なくなるとさらに歩き出してしまいそうだったのでこっちを鑑賞

あらすじとか全然知らずに鑑賞です
役者が配置されてるってことはドキュメントとは違うの?

劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ

隣を一席空けてちょうどいいくらいの
鑑賞には一番具合のいい客入り

意外と年配のお客さんが多くて驚き
かまってちゃんのファン層ってここまで広がってんの?
入江監督が人気者なの?


内容は振り返ってみるとなんて事はない話なのだけど
キャストが全員魅力的に見えて仕方ないという
サイタマノラッパーシリーズでの魔法が存分にかかってる
という点も含めて楽しめました

神聖かまってちゃん
という特殊な存在感を持つミュージシャン?の名前を中心に据えての映画
ということで彼らの扱いがどうなるのか?
とか事前に気にしてた見所はいろいろあったのですが
誠実にズバッとかまってちゃんとその周辺を面白く表現していて
ちゃんと曲は流れるしその曲の力を演出するしで
これは幸せな映画ですよ
なにしろ楽しいし

主演?の女の子はポスターでは野暮ったい感じに見えましたが
映画ないではそれがまたいい感じで
将棋の対局シーンでの揺れ方とか表情とか最高です

将棋?

絶妙なもっさり感と可愛らしさのバランスが最高です
二階堂ふみさんには今後も期待です
変に洗練されちゃったりして
単なるおきれいな女優さんにならないといいな

演技が一番うまいのは子供だった気がしますが
その辺のかっちりしていないように見える部分が
入江監督作品だと全部プラスに見える不思議

かまってちゃんメンバーがまたイメージ通りのフラットな素人芝居を堂々と見せていて
かっこよかったです

ちばぎんってあんな男前だったんだな

の子どうすんだ?ってのも楽しみにしていましたが
変身ヒーローの変身後みたいな扱いでした
見事

こういう刺さってなんぼの音楽をやっている人達が
ザクザク他人に音楽を刺していく場面と
社会によってがつがつ消費されていく場面を両方描いていて
本人達はただ曲を流し続けるばかりで音楽やその他に対して新しく改めて主張することなく
唯一つの子がそれっぽい事を言っている場面もかなり間接的で
映画はバンドの本質ではなく
触れた人たちの例を描いていくというこの形は
まだこれからの表現者を描くのに最適な手法だと感じました

なんだかんだと周りが誉めそやすような映画ではなく
この映画のリアリティは全て今後のバンドの曲やライブにかかってる形で
全体的に緊張感が漂っていて良かったです


盛り上がる終盤に突如差し込まれる
ぶっしゅうううううとかバチバチバチバチとかの演出も
危うく感動的ないい映画として消費してしまうタイミングだったのを
まだこれからですよと呼び戻す効果になっていて
はっとさせられました

鑑賞者は油断するとすぐにいい話として完結させてしまうから危険
現実にいる表現者を勝手に完結させちゃいかんですよ

結論はだから
面白かったです

かまってちゃんに興味がある人にお勧め
あと
カリスマとかが作りにくい時代のカリスマとして
その真偽が気になる人がこの映画を観に行って判断しようとすると
映画自体からは
彼らの活動をダイレクトで観ろ
というメッセージを受け取ることになると思われますので
楽して結論を得ようと思わないほうが賢明です

この映画で入江監督に対する期待の熱量がかなり上がりました
次回作が何になるのか知りませんがいまから楽しみ

ネタバレを含む詳細感想は以下
具体的にどんなだったかを含めて書きますが
言いたいことは上記までで書けた気もします

F1010032.jpg


まったく何もわからずに観始めると
最初こそかまってちゃんを報じる様々なメディア映像が次々と映し出されて
なるほど
かまってちゃんの映画だなとか思っていたわけですが

本編始まると
いきなり幼稚園児出てくるし
将棋の強い女子高生出てくるしで
急に全然関係なくなります

いや
幼稚園児は幼稚園に持ち込んだノートPCで
かまってちゃんの動画を見ているし
女子高生は彼氏にかまってちゃんのCDを借りてます

一週間後のライブに向けて
いろんな人たちが生活をしているだけの物語に
そこにある音楽としてかまってちゃんの曲が流れている状態です

そのいろんな人たちの中に
かまってちゃんのメンバーとマネージャーが入っていて
広告屋に代表曲を応援歌として売り出す計画を持ちかけられる
というびっくりするくらいベタな展開が用意されていて
これもう完全にそういった魂を売る売らないもののパロディというか
本気じゃない感じというか
何しろこの提案については結局最後までメンバーには明かされず
マネージャーがぐずぐず懊悩する場面がほとんどで
同僚との「応援ソングってどう」「クソでしょ?」という
安っぽい会話が出てくるに至って
そういった要素を全部ひっくるめて笑っちゃってると思いましたよ

でも別に単に小ばかにしているわけでも全然なくて
10年後も活躍していて欲しいだろ?という問いかけにか細い声で
10年後に残ってなくてもいいっす
という言葉の真実っぽさは胸に迫るものがあるし
あの広告屋が自分達の力でしていると力説しているような
曲の力というものは
つまりはこの映画の各エピソードが証明している形になっていて
マネージャーの悩みも必死の拒絶も全部皮肉になってて
それがまたあのパートの笑いにもつながるという構造で

って書いててややこしくなってきた
いろんなエピソードが絡まってていい感じって事ですよ

重要なのは主演クラスの人たちのエピソードだけじゃなくて
実際あのライブに参加しているのは
音楽をがりがり消費するあの高校生の二人で
真剣にはまっている人たちとは別の関わり方ではあるけれど
あれもまた音楽に対する態度として否定はされていないわけです
会場での二人は楽しそうで
それは決して間違いじゃないんです
たとえその後にあっさり忘れてしまったとしても
その覚悟を持ってかまってちゃんはメジャーのフィールドに飛び出しているわけで

あと
あのライブ場面は
その場にいない踊り子さんや少女棋士の頭の中で曲が鳴り続け
それまで曲を聴いてる場面がほとんどなかった音楽業界の偉い人やちゃらい彼氏達が
本物に触れている場面でもあって
とにかく全体に音楽とそれに関わる事とそれぞれの生活が絡み合うという
諸々が別々の事象ではないし
特異に見えるかまってちゃんの活動形態は
音楽を届けるという点で見れば実に理に適っているという風にも見えて
なんかこう
幸せな構造を見るってのはいいもんです

とか甘い結論だな
でも
何か良かったです
と言いたい気分なんです

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