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映画 パンドラの匣 [映画]

いろいろと太宰治作品が映画化されていますが
学生時代に読んでも
ちっともピンとこなかった身としては
別段たいした興味もないわけです

さらにモントリオール映画祭が
妙に邦画に優しいことにも不信感があるしで
なんかの妻もスルーするし
来年の人間失格も観ないつもりでしたが

これは観てみようと思いまして

理由
まず
仲里依紗が出てる
あと
どうやらふざけた太宰らしい

ということで

パンドラの匣

原作未読

1000円で観られる水曜でしたが
7割弱ぐらい?
まぁぼちぼち

内容ですが
仲さんだけじゃなくて
川上未映子も良かった
本気でこの女優さん達を観れただけでも良かった

主演の彼も良いし
嫌らしい文語的せりふ回しが飛び交う世界に
ばっちりいやらしくはまりこむ
窪塚洋介も素晴らしかった

物語も
終戦直後
結核患者が集まる健康道場
という様々な価値観が交錯する
俗世と離れた死と隣り合わせの楽園の
ボンクラでピュアでピントのずれた
あれやこれやをジグザグに

太宰作品があまり入り込めないのは
ダメだダメだと言われる主人公が
たいていモテるのでとても共感できないとか
そういうレベルなんですが
今回の主人公も無闇にモテてるように見えます

見えます

ここは楽園なんです
楽園ってのはいつでも幻想の中にあるわけです

というわけで解釈次第では
ボンクラがボンクラ幻想の中で沈んでいく物語
みたいに見えなくもなく
というスキを与えてくれているようで

要は楽しみましたよ

面白かったです

なんとなくだけど
木更津キャッツアイが好きな気分に近いです

というわけで木更津キャッツファンに
なんとなくお勧めです
根拠がぼんやりしているので
強くは推しません

原作未読のまま垂れ流す妄想解釈の渦は以下
ネタバレの上に
頭の悪い誤読満載でお送りする予定なので注意

2009-10-21_18-44.jpg


何しろ太宰作品なので
主人公は最初に自らを余計者とか言ったりします

出たよ
太宰の自虐ギャグ

病弱で戦争に参加できず
結核を隠す
という迂遠な方法での自殺を図るも終戦
急に隠すことを止めて
健康道場入り
とかこの時点で笑わせようとしています太宰

さてその道場にいるのが
圧倒的な天真爛漫キャラの仲さん(マァ坊)と
大人の余裕全開の妖艶キャラ川上さん(竹さん)
二人の女性にどうやら好意を持たれている
ボンクラ若造の主人公(ひばり)

納得がいかねぇ

道場に入ったらあだ名が付く
という設定とかなんだか楽しそうで
また納得いかねぇ

納得はいかねぇが
なにしろ女性二人が可憐で綺麗だから許す

さて主人公が自殺をとりやめたのは
終戦の報を聞いて生まれ変わって
新しい男
になってしまったからなわけで
物語はこの楽園環境で新しい男とは何か
という事を教えてくれる感じに進行します

彼の独白は既に退院?したもと病人仲間への
手紙として紹介されるわけです

台詞が全ていかにも昔の小説的といった
もってまわった口語体なので
ちょっと上等そうに聞こえるものの
言ってることはボンクラ極まりありません

ちょっと女の子に優しくされても
ぜんぜん気にしないんだぜ
だって新しい男だから
とか手紙には書きつつにやけるとか
激ゆるせねぇ

許せねぇけど
なにしろ例の二人の
表情一つで印象が変わる顔が
観ていて飽きずに楽しくて仕方ないので許す

何しろ結核患者が集まってるので
ちょこちょこ人が死んだりしつつも
基本的には道場内の人間関係のあれこれを
今も昔も変わらないよね?
スタイルで展開しているので
先は読みづらいです

そもそも主人公が結局誰の事をどう思ってるのか
相手の女性たちがどう思っているのか
については明らかになっているようで
そうでもないか?と思わせたり
なかなか定まりません

お前はあだち充か
いいえ太宰治です
って知ってるよ

一応最後の展開は
憧れの人との別離と
身分相応な相手の価値を知る
とかそういうエンディングで
それこそあだち充作品的な
綺麗なエンディングなわけです

へぇそうなるんだーって

最後の場面で時間軸が入れ替わっているので
ちょっと違和感がありますが
冷静に考えれば不思議な点もなく
それはそれとしてそれでいいのですが

気になるのは
あの夜の描写で

夜中に目覚める主人公
笑い声?を聞いた気がして
マァ坊が笑ったかと思うけど
彼女はそばでがっつり寝入っています

裸足で外に出た彼は
池に浮かぶ読めない手紙を拾います
竹さんが受け取った手紙だと思われます

主人公は竹さんが
床掃除している場面に現れます

裸足の彼の足を拭く竹さんは
自分の草履を脱いで裸足になり
棚から出したタバコに火をつけて
もう朝
とか何とか呟きます
なんだこの二人の間の濃密な空気
何かが起こりそうな雰囲気
しかし彼がしたのは
彼女がぬいだ草履を履いて
おやすみといって去ること

これがいったい何を意味していたのか

その後の展開で分かるのは
その後竹さんは
結婚を理由に辞めるという事と
実は主人公は
彼女の事が最初から好きだったという事

そして竹さんもまた彼に好意を持っていたという
確信を彼に伝える健気なマァ坊と
そのピュアさに心うたれる主人公

とか文学的素養がない人間が書くと
ひどく陳腐な展開です

ただなんというか
あえて映画の誤読を得意とする者としては
彼はあの夜の描写の時点で
死んでんじゃないかとか
妄想を炸裂させてみたりして

その夜は同じ部屋の別の仲間が死んだ日で
普通に観てそんなわけはないのだけれど
あの夜の彷徨や
母親がなんだか急に訪ねてくる展開や
去りゆく竹さんの表情の暗さなんかが
彼の明るさに比べてちょっとなんだか

繰り返しますが上記は妄想です
ちゃんと時系列を考えれば
あの夜
→母が来た日(竹さん結婚を知る日)
→避難訓練の日(竹さんにおめでとう)
→別れの日
という流れが完成している事から
彼があの夜に死ぬ展開はあり得ません

最後にこれからどこへ行くのだろう
というのもこれからのある若者らしい言葉で
死んでる人間の言う言葉じゃありません

でもね
彼は結局「新しい男」の看板は下げるわけです

彼は死ぬ事を望んでいた昔の自分から
「新しい男」に生まれ変わったわけで
その看板を下げるってどういうこと?
ってだから妄想もいいかげんにしろよ

というわけでいい具合にモヤモヤしてて
個人的におもしろい感じなので
原作は読まないでおこうかと思います

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